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天才とは何か

本日、お店はお休みを頂いておりますm(_ _)m


ここ数日、料理とはあまり関係のない哲学的な話題が多いですが…もともと大学でも哲学をとっていた位好きですので今しばらくお付き合い下さい(^^;)

本日の話題は「天才」とは何かについて。

先日もブログもそうでしたが、昔の日記を読み返すと面白いこと書いてるなぁ…と思うわけです。


手抜きとか言われそうですが、2006年2月15日の日記をそのまま転載です(天才なだけにw)。


“今朝のコンビニで雑誌『BRUTUS』が目に留まりました。

「天才たちに学べ!特集、表紙がフランク・ミュラー!」

これは買わねばと早速帰宅後読みましたところ、面白いことがたくさん書いてありました。


☆まずは、三島由紀夫の「努力について(文春文庫『若きサムライのために』より)」

当たり前のことを当たり前に示している三島由紀夫の文章は好きです。主要部を抜粋しますと、


“大体「天才は努力である」ということわざにもあるように、磨かれない玉も、磨かなければそのままだれにも認められずに終ってしまうとは、よく言われることである。こうした格言は、立身出世主義の社会ではそれこそ珠玉のように見られていた。人々はあくせくと努力し、そして生存競争の激しい社会で、人を押しのけては、自分のあさましい努力を誇示しつつ、世間的な勝利者になっていったのである。

…中略…

努力の価値が一度も疑われなかったというところに、日本という国のある意味では民主主義的な性格が、よくあらわれている。なぜなら、努力とは非貴族的な性格のものだからである。イギリスの貴族は、そのジェントルマン教育の伝統によって、あまりがちがちと勉強したり、あまり本を読む人間は、軽蔑する習慣がついていた。イギリス貴族は、イートン・カレッジに入って、紳士としての基本的な教養や知識を身につけはするけれども、それは必要最小限度の問題であって、あとはあらゆるスポーツに専念し、貴族としての風格と、貴族としての支配的な性格の形成に集中することが要求されていた。つまり、そこでは努力よりも身についたもの、生まれつきのものが重んじられてきたのである。

"天才は努力である"ということばは、いわばなりあがり者の哲学であって、金もなく、地位もない階級の人間が世間に認められるための、血みどろな努力を表現するものとしてむしろ軽んじられた。最も端的な例は、社会への足がかりを持たない黒人階級が、世界的なボクサーになるために、血みどろな努力をするようなものである。このようなイギリスの貴族主義は、いまでは過去のものとなり、人から見捨てられた考えになったが、人生は努力であるという考えのほかに、もう一つそういう考えのあることは、しっておいて損はない。

…中略…

われわれの社会は、努力にモラルを置いている結果、能力のある人間をわざとのろく走らせることを強いるという、社会独特の拷問についてはほとんど触れるところはない。

…中略…

しかし、社会全体のテンポが、早く走れる人間におそく走ることを要求し、おそく走る人間に早く走ることを要求しているのである。

…中略…

いくら努力しても、社会の壁が破られるわけではない。そこで実につらいことだが、「百メートルを十五秒で駈けなければならぬ(前文に百メートルを九・九秒で走れる人間に百メートルを十五秒で走ってみろというのは拷問であるということをひきうけて)」という順応型モラルを身につけることになる。その瞬間に、エネルギーはその真のフルな力の発揮の機会を、自ら放棄してしまったのである。…後略”


 …とまぁ、彼の視点から見た世間体でいう「努力」の本質について書かれています。


天才時計師フランク・ミュラー特集では彼の印象的な言葉が僕にもググッときたのでそれを紹介します。

“人生には挑戦するのに年齢なんて関係ない。もともとこの世には時間などない。それは人間が勝手に作ったものだ。私は時計師だからそのことがよく分かる”


…だそうです。言葉の壁を超えて心に響くものがありました。


あとは特集の最後の「池田晶子の天才論。」も面白かった。というわけで、軽く抜粋、

“前略…古人は、天才を指して「鬼神(ダイモン)」に憑かれた人とも呼びました。ダイモン、すなわち、個人を越えた何がしか大きな力に突き動かされて事を為す人です。天才と凶器がほぼ同じと言われるのもこの理由による。社会常識など知ったことか。自分にはこうとしかすることができないのだ。こうする以外の何があるというのだ。
 したがって、「それしかできない」というのが、天才の定義のひとつです。どうしてもそうとしかすることができない、それ以外のことをしてまで生きていたいとは思わない。

…中略…

要するに、それをする以外にはどうしようもない。生活や生命と引き換えても、それを全うしなければ気が済まないというこのパッションは、当然その個人を超えたものと言えます。固有のダイモンに憑かれた人、それを「宿命」と呼んでもいいでしょう。

その意味で、常人は天才の技法や方法を真似ることはできても、その天才を真似ることだけは決してできない。なぜなら、真似てるだけの偽者は、食えなければやめてしまうでしょう。やめて、もっと他人や世間にウケそうなことを探すでしょう。しかし、天才にはそれこそができないことなのだ。他人や世間が眼中にない、自分のことしか眼中にないのだから、食えなければそのまま餓死する。死んでのちその天才が評価されるという、それがあれらの芸術家たちのありようですね。しかし、常人が天才を「評価する」というのは話が逆ですから、正確には歴史がそれを発見するのだというべきでしょうか。…後略”


 …この池田晶子さんの文章は全てが面白かった。文筆家で、「専門用語に頼ることなく、日常の言葉によって哲学とは何かを語る希有な存在」と紹介されているだけあって、普通にわかりやすい。言葉の魔力って、万人にわかりやすく…という性格もあるのだろうなぁ、と思ったり。 ”


と、こんな感じの日記です。

私のような常人でも、面白いなぁ…と思わされる個性溢れる文章が満載で是非ブログでもご紹介しようかと思ったわけです。


天才とは何かについては色々と意見があると思います。

しかし、文中にもあった通り“そもそも常人が天才を評価するというのは逆である”ということもあり、我々は常日頃「この人は凄いなぁ…」と思う程度に控えめな方が、かえって奥ゆかしくいられるのかもしれません。


特集「天才たちに学べ!」は雑誌『BRUTUS』2006年 3/1号(2/15発売)」に載っております。

非常に興味深いことが書いてありますので、気になった方は是非バックナンバーをお探し下さい(^^)


では、またお店でお目にかかりましょう(^^)

☆当店は、月替わりで全国各地の郷土料理を紹介する和食居酒屋です。
美味しい生ビールからワイン各種、季節の和食、居酒屋メニューもたくさんあります。
また、アンチエイジングをテーマにした料理を開発&提供中です。
早い時間からゆっくり飲食を楽しんで頂けるよう、午後3時より深夜まで営業しております。

10月の店休日は、7日(木曜日)、13日(水曜日)、19日(火曜日)、20日(水曜日)、25日(月曜日)の予定です。

ご予約は、電話番号096-352-2002で随時承っております(^^)

↓ブログ拍手にご協力下さい\(^o^)/↓
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初代 of おんの字             (1981年生)

Author:初代 of おんの字             (1981年生)
Address:熊本市手取本町2-7
       和光ビル2F
Tel:096-352-2002

平成21年、熊本市中心部の大劇ビル傍『いちのいち通り三番街』にオープンした和食居酒屋「おんの字」です!月替わり全国各地の郷土料理、王道和食を中心に幅広く職人和食を提供しています。こだわりの生ビール・焼酎・地酒・ノンアルコールカクテル~ワインまで!水曜定休、営業時間につきましてはお電話でのご相談により従来通り15時から開店する事も可能です!宜しくお願いします!

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